プロジェクト推進を通じて
価値創造と人才輩出

全員がリーダーの創造的な企業風土づくりのお手伝いをします

風土づくりのキーワードは「かけはし」です。お客様の困っている現状とありたい姿に、顧客接点の現場と経営に橋を架けること。そして、問題の本質を発見するために「観察して仮説を立てる、「検証のフィードバックを重ねコンセプトをつくる、「発信して仕組みをを共有する「シナリオを描き、動きを仕掛けることです

ドラッカー学会の会員になる

2007/04/16 Monday 10:38

会社を辞めてから一番困ることは、良質な議論を交わす機会が減ること
リクルートでは、商品開発という名前に変わったものの、もともとのHRD研究所でしたので、職場では知的刺激が自然とあふれていました

大学院の授業に出てかろうじて知的刺激は確保してはいましたが、ちょっと専門が違うので、白熱した議論とまではいきません

そんな時に、ふと目に飛び込んできたのが、「ドラッカー学会」でした
すぐに、申し込みました
情報型組織について、情報交換ができると良いんだけどな

5月に北海道で総会があるようです
どうせ北海道にいくなら、北大の亀田達也教授のところも訪ねて、合議の知・共同の知がインターネット、特に予測市場によってどのように変わりうるのか議論ができたらと思っています

久しぶりにリクルートの先輩にアイディアに対する意見を伺おうと思って、メールをしたところ、おまえの言っていることは「よくわからん」という返事をいただきました

それでも会って話を聞いてくれようとするところが、リクルート的な反応だなぁと思うと同時に、今にして思うとこのフィードバックは考える企業風土をつくるためには、重要なのかもしれないと思えてきました

アイディアを説明した後に、「だめだ」と言わずに「わからん」と答えるところです

「駄目だ」と言われれば、落胆し、反発心が起きますが、「わからん」と言われるとどうやったらわかるのかと考えてしまうからです

事実の見方の問題なのか
解釈の問題なのか
表現の問題なのか
どこに問題があるのだろうかと考えます

考え続ける力がつくのです
人は自分にとってわからないと言うことは恐怖なので、つい、否定的な反応をしてしまいがちです。自分がわからないことは価値がないという判断です

もちろん、相手のとの人間関係によっては、「わからん」も否定に聞こえるかもしれません

人間関係のベースがある上で、わからないことを素直にわからないと言うことで、考える風土になるのかもしれないとふと振り返って思いました

かけはし

2007/02/09 Friday 10:11

世の中をより良くしてゆく人のことを「かけはし」と呼ぶことにしました

かけはし」とは

生産者と消費者
社長と社員
開発と営業
自分と苦手な人
意識と無意識

分離し、対立しているものを統合・融合する架け橋になり、新たな価値をつくり出す人のことです

かけはし」は

   ん察して仮説を立てる
  ん証してモデルをつくる
 っ信して、フィードバックをもらい
行錯誤して、仕組みを改善し続ける

を実践し、自分を変え、周囲に影響を与えます
結果として、より良い社会が持続する好循環の文化を保ちます
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自分を変えるためには仕組みが必要です
一人ひとりは弱い存在であっても、力を合わせると大きなこともなし遂げることができます

情報技術の発展により、私たちは様々な情報をもとに考え、情報発信できるようになりました

一方で、格差が問題になってきています

一般的に、自由を大きくすれば格差は広がり、自由を規制すれば格差は縮小します。人類の歴史を見ると、経済発展は民主化と自由をもたらす一方で、格差を生み、反動として格差是正の旗印のもと、独裁者による統制社会になるという振り子を行き来していることがわかります

自由と格差のバランスを取り、統制による支配を呼び寄せないようにするのは、私たち一人ひとりの責任です。私たちは克服しなければならない障害を、まだまだ多く抱えています。世の中には、多くの分離、分断があって、差別、偏見という紛争の火種になっているのです

分離、分断は自分の中にもあります。周囲の期待に自分を合わせようとして、本当の自分と分離し、劣等感になり、苦しみから逃れるために差別・偏見として他者に投影されます

周囲の人との分離もあります。周囲とうまく関係がつくれずに、攻撃的になったり、防衛的になって引きこもったりします

社会との分離もあります。自分がいてもいなくても関係がないと希望を感じられないこともあるでしょう

かけはしはそんな分離を統合することで、自分や社会をより良くしてゆく好循環をつくり出すことを目指します

社会的ジレンマの解決

2007/01/21 Sunday 04:06

リクルートという会社は、情報誌という手段を使って、社会問題を解消することを通じて、人を育成していたのだと思います

ここでいう社会的ジレンマとは、一人ひとりが問題だと思っても、他の人も一緒に動かないと、正しい選択をしようとすると自分が損をしてしまうような状態です

たとえば
ある状況を問題だと思い、顧客にとって、高い価値を適正な価格で提供しようという理想に燃える提供者がいたとしても、1社では、業界の常識を変えよることは難しく、逆につぶされてしまうので、だまって、業界の秩序に従っているしかない

という状態です

リクルートでいえば

新卒の学生が就職する際に、それまでの常識だった、学生課の求人票を見る、先輩がいたからとか、教授に勧められたからという理由で就職するという状況に対して

住宅を購入する際に、それまでの常識だった、いくつかの不動産業者をまわって、提示された金額が妥当なのかどうか、判断の基準が路線価だけという状況に対して

その他、転職や進学、結婚、旅行、中古車などいずれも、消費者にとって初めての経験で、自分の中に相場観や判断の基準などがない状態です。だから、提供者側のいうことにを信じるしかないという消費者側が不利な状況になっている


この状況を変えるためには、常識を変え、仕組みを変える必要があります。消費者に情報を提供して学習してもらい、代替案を提供してくれる業者に顧客はついてきてくれますという根拠を提供する必要があります

そこでは、現状の仕組みで利益を受けている人たちからの抵抗があります。今までの常識に慣れている消費者も大多数です

結局どちらを選択するかを決めるのは消費者なので、消費者に喜んでもらえるように、抵抗勢力との違いを結果で示し、啓蒙してゆくしかありません

やがて、良い結果を見て新しい方法を採用するという頻度がある値を超えると結果が他の人を説得するという循環に入り、古い常識から、新しい常識に急激に変化してゆきます

この循環に入るまで地道に創意工夫をし、仕組みの改善を積み重ねることで、一つひとつは小さくても継続することで社会を変えうるのです

抵抗勢力との一進一退の苦闘で、変化がなかなか見えない時を克服すると

そこには、お客様に喜んでもらったという充実感があります

そして、良い仕事をしている会社を見つけ、あるいは啓蒙し、一緒になってお客様に喜んでいただける仕組みをつくる過程で、人との一体感があります

さらには、自分も参画して、社会を少しでも良く変えることができたという自負が未来に対する希望になります

自分がこの状況を変えるんだと志を明確にし、周囲に語り、共感してもらい、一緒に商品や仕組みをつくること

仕組みを消費者の意見を反映してさらに改善し続けることで、世の中は変えられる。そして、この過程を通じて自分も成長し変わるということに対する確信を持っている

そういう人を輩出してゆく集団を私はつくってゆきたいと思っています

人才輩出集団

2006/12/27 Wednesday 12:06

2007年をどんな年にしたいか考えています

2006年を振り返ってみると、結局準備期間に
なってしまった気がします。自分の志を言語
化する1年でした。

リクルートを退職する前に、自分なりには考
えていたつもりでしたが不十分でした。ある
いは、考え続け、変わり続けるものなのかも
しれません。

そうだとしたら、仕組みをつくりきれなかっ
たと言うのが正しいかもしれません。2007年
は人才輩出集団づくりに邁進します。

日本という国は、良い国ではありますが、偉
大な国ではありません。その鍵を握るのは、
持っている力をどのように使うかです。人間
は、その人を尊敬するかどうかを、その人が
他者をどのように遇する人かで測っています。


才能を現実社会をより良いものにすることに
使うか、私利私欲のために使うか。

私利私欲のために、他の人を支配抑圧し、差
別、搾取する対象と考えるか、他者を支援す
ることを通じて、自己の人間的成長の機会と
考えるか

他者を支配抑圧するために、互いに争わせる
か、お互いが支援し合うために、厳しいが温
かいフィードバックをしあうか・・・

日本はすでに良い国です。良い国を偉大な国
に飛躍させる志ある人を輩出する必要があり
ます。ただ、力を持つことを目指すのではな
く、その力をどのように使うかの志を育む場
をつくることが必要です

2007年は、自分自身と向き合い、他者と厳し
くも温かく支え合いながら、現実社会をより
良いものにしていく人才輩出集団をつくるた
めの情報発信と相互研鑽と商品・サービスの
開発を目指します

地獄の食事

2006/10/19 Thursday 03:54

「地獄の食事」という物語があります

正確な出元は不明ですが、東洋では箸で、西洋ではスプーンだったりと手段は違っても同じ目的が語られています。「蜘蛛の糸」とも同じです

それは、幸せは利己的な行動から利他的な行動に変わるところにあるということです。自分だけが食べたい、助かりたいと思ったら、食べられない、助からない。人に譲ることで、助け合うことで豊かになるという話です

誰もが知っているありきたりのメッセージです。母親が自分が食べなくても、子供にだけは食べさせてあげようとするような自然な行動です。にもかかわらず、世界中で似たような伝承があるのは何故でしょうか?

わかっていても、なかなかできないことだから、何とか伝えたいということなのでしょう

上は飢え

単なる変換ミスなのですが、結構、的を射ているかもしれない。人と比べて上だと思う気持ちが飢えを招くのではないか。上が富を独占していると思い、富を得ようと上を目指す

しかし、そこには飢えが待っている

ここでも、やはり、富は私たちの心の中にあるということが言えるのではないか。人に譲ることで、心に何か豊かなものが芽生える。その心の豊かさが私たち全体に影響を与えると私は考えています

フロー体験

2006/10/19 Thursday 03:44
それをCsikszentmihalyiはフロー体験と呼び Maslowは至高体験と呼びました。

ある人は、宇宙との一体感と表現し、恐れや時間の感覚
がなくなり、平和な気持ちになるといいます。時間を忘れて
一心不乱に取り組んだ時の感覚です

たとえば、学園祭や部活など、最初はうまくいかなかったの
が、最後にはみんなが一致団結して取り組んで、もう一回や
れといわれてもできないかもしれないというものです

Csikszentmihalyi、Maslowともにこの概念を偶然見つけ
ました。創造的な人を研究していて、共通して起きる現象
として、この心理状態を発見しました。私には、無我夢中
という言葉が受け入れやすいです

しかし、創造の鍵が無我夢中だとしても、なろうと思っても
なりません。無我夢中はなってしまうものなのです。言い換
えれば意識から無意識に切り替わることです。

子供が創造的なのは、意識の働きがまだ発達していない
ために、夢中になりやすいからです。人は学習して、予測
して、これは無理、やっても無駄と考えるようになります

失敗をして恥をかきたくない。失敗したくないと思うほどに、
動きはぎこちなくなり、うまくいかないという悪循環に陥り
予測通り失敗し、だから言ったじゃないとなる

この意識を断ち切ることが難しいのは、断ち切ろうと「意識」
するから断ち切れないということです。考えないと「考え」て
進めない。どうしたらいいのか?

それは

関係あるけれど、違うものに意識を集中させることです。
力を抜くためには、その前に思いっきり力を入れる。抜こ
うとしたら、抜けない。力を出したら、その後には抜ける。
つまり、予備動作に意識を集中することで、その次に来る
本動作では力の抜けた自然な動きができる

ある種の儀式にも見える予備動作を磨くことで、その後に
くる予測不能な無我夢中を引き出す。無意識が繰り出す
最高の動きを最も身近に体験できるという幸福を楽しみに
私たちの意識は、たんたんと入念な準備をする

楽しむとは、準備をしてきた人にだけ許される贅沢。
準備をしてきたら、後は、観客として、何が出てくるのかを
楽しみに待つということなのではないでしょうか

青梅慶友病院

2006/09/20 Wednesday 02:23

全員が価値の実現に向けて知恵を出している組織のひとつに青梅慶友病院がある

私はこの病院の存在を慶応ビジネススクールのケーススタディで知りました

この病院は、「自分の親を安心して預けられる施設をつくること」を理念に患者さんをお客様と呼び、医療をサービス業と考えているところが特徴です

理念を実践に変えるための仕掛けが360度評価だと私には見えました
理念を掲げることは必ずしも難しくありません

幸せな職員が良きサービスを実践する。人の動きは評価次第と考えて、ある意味かなり厳格な組織運営をしています

行動基準を明確にして、採用と評価の機会に徹底させます


採用においても
サービス業に向く人と向かない人あり/他人に尽くすことを喜びと感じる人/ウラオモテの無い人
100-1=0の世界(-1となる人材の排除。99人までが良いサービスをしても1人でも裏切ると全てが無駄になる)

と考え

徹底させる仕組みとして360度評価を入れています
自己評価/全員による全員評価/部門長による相対評価/全員による全管理職評価/全管理職による全管理職評価

評価というとネガティブな印象もありますが、この病院では、行動基準を浸透させる機会として機能しているようです

なんといっても特徴は全員によるというところです
通常は、本人のことを良く知っている数名による評価ですが、全員なのです。当然、知らない人のことなど評価できないという反発がおきます。しかし、継続するにつれて2つの効果があったようです。そこが私として注目している点です

それは、1.集合知になっているのではないかというところと2.全体がお互いを見ようとするところです

良いサービスとは何かいつも考え、実践ぶりをお互いに評価する。良いサービスを讃え、悪いサービスには非難をする。良いサービスの実現に向けて、お互いがお互いを見ることで、全体が一体になるのではないだろうか。全体の中で良いサービスとは何かが集合知的に形づくられる

医療法人社団慶友会DO IT輝きと感動を創造する病院