「ベトナム枯葉剤被害者の会」

「花はどこへいった」のきっかけになったHRIのソーシャル活動ベトナム枯葉剤被害者の会さまへの募金とある。ネットでしらべてみたけれども、他の団体の主催の上映会で口座番号はわかるものの、ホームページ等はわからない

いろいろ調べるうちに、「ベトナムからの風」の村山康文さんという方や愛のベトナムさわやか支援隊さんなどいくつかベトナム枯葉剤被害者の会を支援している団体がある

それにしても、こうやって姿を見せていただけることに頭が下がる

もし、日本だったら周囲の目を気にして、絶対に家から外に出さないことだろう
ベトナムの人たちの受け入れる力はすごい

原爆の被害者も被爆の事実を隠して生きていかなければならかなった
自分は何も悪くないのに

権力者、既得権者のエゴに被害を受けた人たちが、同じ普通の人から差別を受けるのはせつな過ぎる


それにしても、DVDを観ていて枯葉剤の奇形児の親たちは1967年生まれの人が多いことに気づいた。最も枯葉剤が撒かれた年だ。かくいう私も1967年生まれだ。生まれたのが、たまたま日本ではなく、ベトナムだったら、私がそうだったかもしれないということだ


私がいるDa Nangは米軍基地のあった激戦地だ。今は表面的には、ベトナム戦争の名残はない。かくいう村上さんも1968年生まれだ。同じ気持なのだろうか?


※村山康文 フォトジャーナリスト
1968年兵庫県生まれ。主にベトナムの社会問題をカメラとペンで追いかけ、弱者を守る立場からエイズ・戦争・人権・差別などをテーマに各地で写真展や講演会を開いている
京都在住


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このページは、鈴木利和が2009年5月25日 00:48に書いたブログ記事です。

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