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2月15日(月)19~21時で、『〈就活〉廃止論』ワールドカフェを開催いたしました
ハッシュタグは#kojibook
雨が降っていたにも関わらず、欠席は体調不良の1名のみという関心の高い31名の方が参加してくださいました

参加者の半分が3年生と4年生
残りが人事などの社会人という構成

第1セッションで決まったーマは
レールからハズレてみたらどうなる?(意訳)

なにしろ、事務局の3名は
リストラにあって、4月からベトナムで働くKさん
1月末で退職してレールから外れたIさん
社長なのにベトナムに3週間駐在しちゃおうというTさんなので

むしろ、常識がとちらかわからない状態

大学を卒業したら就職する というのは選択肢の一つで、そうでなかったら人生終わりではないということは伝わったのではないかと思います



何人か試しにベトナムに来てみたいという人もいて、次につながる有意義な場になりました
2月15日(月)に佐藤孝治さんと就活>廃止論でワールドカフェをやります

新卒一括一斉採用に代わる方法を提案しようというのが、この本の趣旨です
みなさんで考えてみませんか?

概要==================
2月15日(月)19~21時

会場:ジョブウェブセミナールーム301

参加費無料

参加希望の方は氏名・参加動機・連絡先を
こちらへメールください
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ようやく、名古屋に戻って本に目を通しました

内容はざっくりいうと画一的な一斉採用を止めようということです

就職活動は、自分がどんな人生をあゆみたいのかを考える貴重な成長の機会です

ただ、一斉に活動することで、この貴重な機会を有効に使えない人がいます
いわゆる新卒採用という概念が存在するのは、日本と韓国のみと言われています

世界の大半は、新卒・既卒の区別なく必要な時に、必要な人を、必要なだけ採用します
新卒者にとっては、むしろ、有利でした

世界の標準は、限られた椅子をみんなで奪いあいます
その仕事が出来る人が椅子に座ります

日本は、新卒であるということで、特に経験・能力を問わずに『可能性』で採用されます

企業が育てる前提で、向いているかどうかやってみないとわからないリスクをとってきました

企業に育てる余裕がなくなったことで、この仕組は機能しなくなっています


私が孝治さんと出会ったのは、1999年に名古屋で学生団体をつくって、新しい就職の仕方を模索する中でした。あの時の学生さん達はもう10年目なんですよね・・・

本当に入りたい会社があれば、その会社でやりたいことを絵に描いて、社長に直談判すれば良い

と今でも思っています

横並びの採用に倣う必要はないのです
そのバイタリティを海外で身にければ良いと思います

日本にいれば、日本の常識に縛られます

今回は、問題意識を感じている人事の方にも何人か参加していただけると良いなぁと考えています




2010年最初のワールドカフェは『アイデアは考えるな。です

日時:1月25日(月)19時~21時半
会場:原宿、ビジョンハウス


柳澤さんは私がベトナムに来るきっかけをつくった人でもあります。
柳澤さんのワールドカフェは2回目になります。なぜ、すでに取り上げているのに、また再度やるには、理由があります
前回のワールドカフェの時にも書いたのですが、今、『つくる』という活動が必要だと思うからなのです。なぜ、閉塞感に陥るのかというと「アイデア」が豊富にでないからです。アイデアを実行して、現実にしてゆくことに取り組んでいたら、閉塞感に陥っている暇などありません

歴史的にみれば、ほとんどの人にとって「何」をするかを決める必要はなかった。ところが、今日、何をするのか、どうやるのかを決めない人は「主体的でない」とみなされて、個人的にも社会的にも問題があります。実際に、打つ手の見つからない地方や企業は受身です

その状況をうちやぶるためには、アイデアが必要です

そんな力はないという声が聞こえてきそうですが、この際言い切ってしまうとそれは甘えだということです

アイデアを出せる人は、特殊な才能を持った人ではなくて、『つまらないアイデア』を山のように出して、量を質に転化させた人だということです。才能の問題ではなく、勤勉な習慣をつくりだせたかどうかだということです。普通の人が、アイデアが出ない言い訳をしている間に、『つまらないアイデア』にうんざりしながら、それでも、手を動かし続けた人です

継続をすることも才能だという意見もあります。ただ、私はそれは才能の問題ではなく、仕組みをつくったかどうか、つまり、『案を出す方法』について情報交換する場にします

日時:1月25日(月)19時~21時半
会場:原宿、ビジョンハウス
http://www.hri-japan.co.jp/corporate/map.html

参加希望の方は、こちらまでご連絡ください




鈴木@ベトナムです

ベトナムでのワールドカフェの実施報告です

SN3J0040.JPG


田坂先生の時と同じように
先にワールドカフェを行い、後から講演をするという形です

お題は

5000人の会社がひとつの目標に一致団結して向かうために必要な要件は? 
あなたが社長だったら、何をどのように実行するか

でした

スピーカーのH社長も
対話で話されていた通りですと踏まえた上で
具体例の一つとしてわが社の取り組みをご案内させていただきます

という流れになりました


つまり、必要なこと自体は、みなわかっていて
あとは、いかに徹底させるかなのだということです



経営者としては

理念・目標・管理指標を明確にし、測定し可視化すること
コミュニケーションのツールを作成し、対話の場をつくる


まとめで
5000名の会社で対話を続けるのは『効率』が悪いのではないかという質問が出た

30名ごとの懇談会を全員と実施すると180回必要で一日2回やっても3ヶ月かかる


H社長はそれでもやるしかないのですと語られました



5Sの徹底のために経営者が自らごみを拾う
メンバーと対話を積み重ねる


100km歩く際にも思い知らされましたが
かつての日本企業の強さは、

世のため人のために、わが苦痛をいとわず他者に尽くす精神をもった人が、

高い規律の組織文化をつくるために必要な割合以上に存在したこと

によるのではないかと思えています




次回は1月9日に
『人が辞めない経営とは?』というテーマで実施する予定です



鎌倉でご近所だったリクルートの後輩から、彼が応援していた松尾氏が市長になったという知らせがあった

彼の情報によると鎌倉だけではなくて

藤沢市には新進気鋭の海老根市長が2年前当選、逗子市も若手市議だった平井市長
当選し、さらに横須賀市では今年夏に33歳の吉田市長が当選。
松尾氏は3名ともに昔から仲の良い友人・戦う仲間として頑張ってきたこともあり、
今まで行政間で仲が良くなかったといわれる湘南地域の広域連携(医療、学校、ゴミ、
観光など)も一歩進んでいくのではないかと想像しています。

海老根市長は55歳、平井市長は私と同じの43歳、吉田市長は33歳、そして、松尾市長は36歳

若いたちが市政を担うようになっているというのは驚きだ

日本で、何かが変わり始めているのではないだろうか・・・

政治が身近なものになり始めている
日本人は、土建屋でもない限り、政治に距離をおいてきた

それが、より良い社会を実現するために、他人任せにしないで、自分からやるという人が出始めている。それが点ではなくて、うねりになり始めている

今回は、自民から民主に動いたのだけれど、この先はこの旧来の政治体制だけではなくて、もっと、別のものになってゆくかもしれない・・・

こういった場に、もっと市民が参画してゆく機会として、ワールドカフェはとっても良いと思います
APPも発起人のひとりとなって、11/15(日)~11/21(土)にムーブメントを仕掛けます

それにしても、仲間の力は偉大ですね
とはいえ、はじまりは、1人からです

一人でも多くの方に参加していただいて、きっかけを得ていただければうれしいです

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この度、ワールド・カフェ・ウィーク実行委員会は、
人と人とのつながりを再生し、安心安全な場における対話の中から、
われわれ自身の手で新たな未来を創りだすことを目的に、
ワールド・カフェ・ウィーク2009を開催します。

11/15(日)~11/21(土)の期間中、目的に共感した15のコミュニティや
各種団体によって、様々な場所でワールド・カフェが開催されます。

ワールド・カフェとは、カフェのような自由でリラックスした雰囲気の
空間で、オープンに心を開き、テーマに集中した対話を行うという、
会議やファシリテーションの形式の一つです。

「満員電車が楽しくなるにはどうしたらいいんだろう?」
「会社のみんなが楽しく笑顔で働くにはどうしたらいいんだろう?」
「地域のゴミ捨てのルールが守られるにはどうしたらいいんだろう?」
「子供たちが夢を持って育っていくために、僕たちに何ができるだろう?」

ふと出た誰かの一言から始まる対話。
参加者は素直に自分の感じたことや体験を伝え、
目の前の人の話に真摯に耳を傾けます。
次第に多様な視点に気づき、様々なアイデアが生まれます。

そうやって一人ひとりがつながって、意識が少しずつ変わっていったとき、
大きな変革はすでに始まっているのです。


期間中は、様々なテーマのワールド・カフェが企画され、600人以上の方に
ご参加いただけます。

 

一人でも多くの参加者の方々が、対話の場からの気づきや、
次の行動への一歩を踏み出すきっかけを得られることを願っています。

この機会にぜひご参加いただきたく、ご案内をお送りいたします。


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□開催概要
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【期間】 2009年11月15日(月)~11月21日(土)

【会場】 東京を中心に日本各地で

期間中は毎日開催です
どうぞご都合がつく会に、ご参加ください

【参加費】1,000円~5,000円

【主催】
ワールド・カフェ・ウィーク実行委員会

【共催】(順不同)
公認会計士天野敦之事務所、伝説のビーチクリーン919、Expand Network

【協力】
日本財団CANPANプロジェクト

昨晩の『闇の子供たち』を事前に観た上で
プレイバックシアターをやった後に、ワールドカフェをするという手法の振り返りをしておきたい

私が到達したかったのは、
プレイバックシアターや演劇によって
頭で「知っている」から、心で「理解しいている」のレベルへの深化

そして、ワールドカフェでの対話を通じて、自分の中でイメージが湧いてくる
できれば、それが共有されたイメージとして

そのイメージが、もはや現実との区別がつかないくらいはっきりと絵になってくると
何かをせずにはいられないという気持が高まってくる

そこで、具体的な行動、しかも、誰でもすぐにできるような小さな一歩を踏み出す
行動したということがフィードバックされて、更に次の行動を呼び起こす・・・


今回は、時間の都合で対話を2回で終わらざるをえなかった
どれくらいイメージが湧いただろうか・・・

17日は、映画を観るが2時間あるので、身体表現+対話に割ける時間は1時間くらいだろう


対話は最低20分は必要そうだ。1時間半は欲しいな
今回は、映画という多義的な媒体だけに、身体表現を入れることは有効なのではないかと思う


何とか、身体表現と対話が自然と移行してゆくようにできないだろか



6月16日(火)に再度、挑戦の機会がある
少しでも意見を集めて次につなげてきたい




昨晩は、HRIの協賛のもと プレイバッカーズ


をエンパワメントするワークショップをヴィジョンハウスで実施さていただきました



おかげさまで、かものはしプロジェクトの亀山様をはじめとして、30名以上の方のご参加をいただき、大変に熱気のこもった場になりました

みなさん、木のぬくもりを感じる場に良いなぁとおっしゃれていました

今回は、いかに他人事が自分事になりうるのかというテーマのもとに、演劇の手法を取り入れてから、対話をすることで、頭で知っているから心で理解するに代わり、行動変容に至るのではないかとい
う仮説で取り組みました

役割を演じるために、状況や立場やその時の感情をあらためて、理解しようとするプロセスで、自分事に引き寄せうるということがわかりました



これからも 映像+身体表現+対話による、知る・理解・イメージング・実践について継続して探求することで、実践的な方法を確立したいと思っております

今後は
6月16日に『花はどこへいった』で
7月17日に『降りてゆく生き方』(これは、榎本さんと)
また、日程は決まっていませんが、榎本さんの『チェンジザ ドリーム シンポジウム』でトライをします


APP(アジア・プロアクティブ・パートナーズ)のメンバーもプロジェクトを通じて、自分と他者を理解するということが徐々にわかってきたのではないかと思います

今回のプロジェクトリーダーAPPの共同代表のすーさん


ブレイクダウンして、「自分が共感できるところ」を探すというプロセスは

とってもとっても大事なことだと思います。


ブレイクダウンせずにこのテーマに取り組もうと思ったら

宮崎あおいさん演じる音羽さんみたいに、現場に乗り込む以外の方法が見えなかったりしますからね。


でも、日本人である自分にできることって絶対たくさんあるんです!

知ってしまったらもうほっとけません。

そもそも、この事実を知らないことは罪だと思います。

「無知は罪である」 by 高校の世界史の素敵なみどり先生


これが書かれたのは、かなり前なので、このときからは、さらに掘り下げがなされているのだと思う

確かに、知れば何かをせざるをえなくなる


だから、みんな知らないフリをしたいのだと思う

その気持ちをどう乗り越えてゆけるか、一人ひとりが自分の弱さやずるさとどう向き合えるかが重要なところ


映画では、貧民街の住人たちに根気よく語りかけ、集会に動員してゆくプロセスが省かれています。政治に巻き込まれたくないという感覚は日本の活動家も同じなのだと思います。ただ、他者と協力して環境を変えてゆくというのはどうしても政治的な動きになってしまうのですよね


私は、最後のパレードをつぶそうとした既得権者の動きとこれで民主化は10年は遅れる・・・という嘆きを描写して欲しかったなと思います。日本にも安保闘争の時代がありました。ただ、権力者との闘争のはずの共産主義が結局は新しい権力闘争にすぎなかったという幻滅のために、日本人はすっかり政治と距離をおくようになりました


結果、残ったのはアメリカ金融資本主義への追随と拝金主義でした。今回話される必要があるのは、共産主義や新自由主義に代わる新しい社会ビジョンなのだと思います。社会起業家はその代替案のひとつなのでしょう。そこには、対話が必要だと思います



APPの共同代表の多読書評ブロガーの石井さん

こういった類の映画を他人事としてではなく、自分事としてみるのは非常に重いことだということを改めて実感。

今回は、チャリティというような手を伸ばせる場所があるからまだ救えるが、これをヒトゴトとして済まさざるを得ないという人がいるのもまたしょうがないと思ってしまう自分がいます。


確かに、そういう視点もあるかな

ただ、そういう場に参加することと自分で創り出すというのは、似て非なるところだろ思います


映像+本から情報に加えて、演じて(体で表現して)みたうえで、ワールドカフェで語り合うことによって、自分ごととしてみる度合いがどれくらい深まるのか聞いてみたいところです



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