2007年5月アーカイブ


目的は、パーソナル・アンプ(組織もあわせて)を使いこなす
民主主義の担い手であるリーダーを増やすことで、
知識社会・都市社会の安定の礎をつくることです

ある先生に指導をお願いしようとこのようなメールを送った

私は、「全員がリーダーの自律分散型の組織」の研究に没頭するために、
博士課程に進学したいという理由で2005年12月にリクルートを退職いたしました
現在は、コンサルタント活動を少しだけして、仮説、モデルの検証に取り組んでいます


「全員がリーダーの自律分散型の組織」と言った時に、
どこか、企業を前提にしているところがあったのですが、
退職して一人になってみて、組織には他にも多様な選択肢がありうることに気づきました

振り返ってみると
リクルートでは、キャリア系の研修プログラムの開発をしていましたのですが、
研修の場面で受講生同士がお互いの履歴や価値観に触れることで
戻ってから、社内コミュニティができることがよくありました

結局、このコミュニティを通じて学習することが多くありました

また、最後にe-learningと研修、カウンセリングを組み合わせたプログラムを
開発したのですが、コミュニティ機能を入れることが効果的でした

今回、ご相談したいのは、新しいe-learningの試みです
従来のe-learningは知識の教授が中心で創発の機能はあまりなかったと
思っています

現在の知識社会において継続学習の重要性が高まっていると思いますが
「教えるときにもっともよく学ぶ」と言うように大学教授であっても、
学生に語りつつ、語る中で再学習・発見・知識の再編集が起こるとことが
少なくないと思います

教える側、教えられる側という役割の固定なく
状況によって立場を変えられる学習の仕組み
です

たとえば
エキスパートが教えている場面を録画して、
これをe-learning教材として再利用し
受講生によるフィードバックによって、よりよい教材が浮かび上がってくるような
学習の仕組みです

エキスパートはフィードバックをもとに、内容のブラッシュアップを図り
エキスパート同士の情報交換をしつつ質を高め
時には受講生にもなる

現在、この仕組みをリクルートのある銀座8丁目で周囲の企業や
商店を巻き込んで、地域おこしとして取り組もうとしています
先行事例は渋谷大学です


研究の内容としては
この過程を通じて、知識とフィードバックの関係や
知識が生成されるメカニズムなどをモデル化できるのではないかと
考えています


もし、興味を持っていいただけるようでしたら、お時間をいただき
ご指導いただけませんでしょうか

お忙しいところとは存じますが、ご検討いただけましたら幸いです

Lazy Suits

Lazy Suiteのphoさんがウェブリングに加わってくださったおかげで、nomadの解釈が豊かになってきました

この輪がどんどん広がれば良いなと思います

柳澤さん ありがとうございました
NetNomadチームで柳澤さんとディスカッションをしました

話題にあがったIA(知的増幅装置)は、ちょうど田坂さんのWEBラジオで放送されています

今日、話していた要点を集約してみると・・・
Excellenceの希求になるのではないでしょうか

技術者として、アーティストとしてある年齢に限界を感じるというのは、あくまで自分が設定したあきらまに過ぎない

人生80年たゆむことなく頂上を目指してゆく

直近の仕事が最高でなければならないとおっしゃいましたが
さらに言うならば、
Druckerが「ご自身の最高の著作は何ですか」と尋ねられ

「次の作品です」

という答えるという(ヴェルディの教訓)逸話がありますが
これこそは常に最高を目指し、全力を目指すという生き方だと思います

戦略論で語られない、もっとも難しい組織のリスクである人間同士の「嫉妬と怠惰」を乗り越えるのは、

「それって、かっこいいの?」

という問いとおっしゃいましたね

率直に、スバッとフィードバックできるのは、私たちにとって「最高」とは何かを共有していればこそのような気がします

計画は、要はリソースの配分なので、短期なのは当然だと思います。長期のものは所詮は絵に描いたモチで、人を巻き込む方便のような気がします。何が「最高」かが明確であれば、それがお金と時間と情熱の配分の基準になります

明日死ぬという覚悟で、目の前に全力を尽くすミクロの視点と
見果てぬ頂を目指すマクロの視点と
のバランスをとる

そのためには、他人資本が入ることで、余計な仕事を増やすのは嫌というのは、まっとうな考えだと思います

たまたま見かけた堀さんのblogにも

しょせんお金や名声は墓場には持っていけないのだ。それよりも一度しかない人生、他人の評価など気にせずに自らの信じるがままに生きていけたらと思う。 「金があれば何でも買える」と言われている時代に、こういう変わった起業家が中にはいてもいいのではないかと思っている。

書かれておりました

では、また、社員それぞれが「最高」を目指して日々全力を尽くす組織づくりについてお話できましたら、幸いです

管理部の件は、ひとり心当たりがありますので、あたってみます

アンプサイト(RSSでと言っていた件)もよろしくお願いいたします

taroさんがSilicon Valleyのアポイントをいろいろと取ってくれています
行って、何を話すのか、今後どういう動きにつなげるのかを具体的にする必要があります
その一環として、明日、kayacさんに伺います

HPを見たら、ユニクロとTシャツのプロジェクトを始めたんですね

さて、この柳澤さんは会社をアンプとして使いこなしている人だなぁと思います

技術イノベーションと人々の意識の変化、社会の変化を的確に捉えているような

netnomadを輩出してゆく仕組みについてディスカッションできると良いですねぇ

どのようにして学習を引き起こすのか


講師をするのは、企業や商店、行政の次世代リーダーです
コンセプトは「人は教える時最もよく学ぶ」ということで
自分が成果をあげているポイントを90分×4回くらいの
研修に組み立ててもらいます

ノウハウをきちんと言語化して、他者に伝えて、成果を
あげさせるということに取り組んでもらいます

これを中央区の企業(ここにリクルートもあるわけですが・・・)
三井物産や資生堂、日産自動車、中外製薬などなど10社ほどと
銀座の伝統ある商店やブランドショップ、銀座のママさん、築地の仲買人
あるいは、歌舞伎座の歌舞伎役者、兜町のディーラーなどなどを
巻き込んで評議会をつくってもらい、各社のエースが自社の
会議室を開放して、研修を実施する

その様子を録画しておいて、e-learningの材料として再利用する
仕事の面白さが伝わるものであれば、高校のキャリア教育の
教材にも使えると思います


それが、一緒に研修を受けたり、動画で人となりがわかることで
お互いの距離が近くなり、連帯が生まれるきっかけになりえます

知識社会では知識労働者の継続学習が必要です
しかし、それは別に大学や研修会社だけが提供するものではない
と思います。お互いから学ぶことの方がはるかに多い

リクルートでは、成功事例を言語化し発表をするということが
極めて有効な学習機会になっていたと思っています
これを1社の中で閉じるのではなく、社会にオープンにすることで
本人や受講者の学びになるだけでなく、社会の連帯もつくりだそう
とするものです


企業の中のエキスパートが、他の人に仕事の仕方を教えようとする
ことを通じて、学習し責任感が芽生えます

90年代に日本が失ったことは、先輩が後輩に教える
地域で育てあうなど、一人ひとりが社会の一員として人を育てる
という姿勢ではないかと思います

教えてもらったことをより良いものにして後輩に引き継いでゆくこ
一緒に学んだ仲間という絆が地域につくりだせると良いんじゃないかなと
あるいは企業がスポンサーになって、地域活動を企画するプロジェクト
があっても良いとおもいます

何のために都市で働くのか
何のために企業で働くのか

ネクストソサエティを読み返して、あらためて疑問に思った


今日の少子高齢化、凶悪犯罪、教育、環境・・

これらは、都市社会の必然である


都市社会は、農村社会の濃い人間関係を逃れてきた人々による匿名社会である
それゆえに、建設的な目的をもつコミュニティがないと都市社会には無法がはびこる


それゆえに、都市に人間性とコミュニティを回復させる社会セクターが必要で

その答えはNPOだというのがDruckerの結論だ


かつての都市は、危険で不潔な場所であった
それでも、文化が花開き人を引き付け
やがて大資本による工場が農村人口を吸収し、先進国は急速に都市化した

工業国、先進国、都市化、犯罪の増加は、当たり前のことであった
日本においては、共同体的要素の強かった企業が社会セクターの役割を果たすことで、世界でもまれな都市における安全神話が生まれた
しかし、日本企業は終身雇用・系列を放棄した
そのことが社会の混乱を招いているといえるのかもしれない

そうなると、今日本に必要なのは、企業に代わる社会セクターをつくることになる

Druckerの指摘の通りだとするならば、政府も企業もこの問題の解決はできない
私たちが政治に何かを期待するのはお門違いということになる

何らかの社会セクターが必要になる。しかし、それが日本でもNPOなのかはわからない
社会起業家なのか、再度、企業にCSRとして社会セクターを期待するのか・・・

そこで、最初の疑問に戻る
情報技術が発達し、知識社会になるに従って、都市に住む必然性はなくなりつつある
製造業のような巨大資本を必要とする産業は社会の主役ではなくなりつつある
特に消費に魅力を感じない

少し、冷静に考えてみる

都心の一等地の住宅、高級車、ブランド物を手放したら、果たしてどれだけの収入が必要になるだろう?
都心の大企業に勤務する必要な何だろうか?

激烈な競争に疲弊しながらも、都市で働き、大企業で働く理由は何か?

見栄や外聞を振り払って、本当に重要なことは何か?

答えは

最高を求める心


都市には最高の人がいる確率が高い
その人たちと切磋琢磨することで、自分を高めたいという
気持ちが人を都市に向かわせるのだと思う

自分が何で卓越したいのかが定まったらもはや都市にいる必要は必ずしもない
環境を自ら構築すれば良い

自分は何によって覚えられる人になりたいか?
何に卓越するのか?

今の所の答えは

生涯学習の場のデザイナー
しかも、社会セクターとしての
企業である必要はないと思っている
学習コミュニティであり、絆を強く感じる場だ

今はそうしてみようと思っている

リクルート時代の同期が熊本で衆議院から立候補しようとしていることがきっかけで

日本にとって今必要なことって何だろうかと考えました

教育によるまちおこしじゃないか

ハセベケンさんという区議の方が渋谷大学というコミュニティスクールをつくって
行政と産業と地域を「学」でつなげる試みをされていること

ドラッカーの「ネクスト・ソサエティ 」で
1.都市社会は、匿名社会なので建設的なコミュニティがなければ無法がはびこる
よって社会セクターが必要である

を読んでなるほどと思った

・隣の企業と交流はなく、何をやっている会社なのかほとんど知らない
・銀座にあってもコミュニティの人たちと顔見知りで声を掛け合うなどということは基本ない
・日本においては企業が社会セクターの役割をしてきたが、終身雇用・系列という共同体
 要素が失われることと凶悪犯罪の増加に因果関係があるかもしれな

2.知識社会では知識が急速に陳腐化するので、知識労働者の継続学習は成長産業
という記述、特に教室だけではなくe-learningということで

リクルートでは、キャリア系の研修プログラムの開発をしていましたのですが、
研修の場面で受講生同士がお互いの履歴や価値観に触れることで
戻ってから、社内コミュニティができることがよくありました

結局、このコミュニティを通じて学習することの方が多い

また、最後にe-learningと研修、カウンセリングを組み合わせたプログラムを
開発したのですが、コミュニティ機能を入れることが効果的でした

他にもやっていらっしゃる方がいらっしゃったらぜひ情報をいただければと思いますが、blogコーチングに取り組み始めました


対面や電話やメールというクローズな手段ではなく、webというオープンな場でやったら共通の興味関心がある人とつながったり、思いがけないフィードバックやアドバイスから道が開けるのではないかと考えてのことです


テーマにもよるのだと思いますが、パーソナルな問題ではなく教育や少子高齢化、環境問題などの社会問題に非営利で取り組むようなことであれば成り立つかもしれないと考えています


コメント、トラックバックをいただけましたら幸いです


今は、継続学習の拠点を2008年の4月につくりたいというagendaでSan Joseのコーチにからコーチを受けています


他にも、blogコーチングに興味がある方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。情報交換しましょう!

Thanks your agreement!
citizen it is important word

> I love where I see you headed! Yes, our community structures are getting
> flatter. And global peer-to-peer communities centered in adult development
> and respectful interaction could do a lot to further our capacity as world
> citizens. It makes me think of the German Mitburger which I translate as
> citizens with each other, and in English would just be "citizen".
>
> So more questions...
>
> The community you envision - it's a community with the goal of learning
> what?

It produce leader or citizen.
Drucker said, knowledge society needs continuous learning, because in knowledge society it is obsolete knowledge quickly.

>
> It seems like a unified theme for the learning or ??? would make it stickier
> and encourage greater participation.
>
> What you talk about practice and review - is this practice and review of
> learning as a practice itself?
>

Each decides the theme of study, it is closely coaching concept "The agenda comes from the client".

It is said, we learn best when teaching, so we can learn consulting for clients.

I call it edu-tainment-solution.

I think on going solution is the best tetx and entertainment.
Also it is solution of social problem.

Finding problem, deciding theme, planning solution and execute.
All process open on website.

It helps to develop initiative.

For the present we have known the problem which occurs in the world via the mass media. We dispatch our own word by watching and feeling.

日本語と英語が入り混じったページになってきたので、Google翻訳のブックマークレットを表示してみました。

Googleがねらった言語の壁を超える(正確にはThe need for information crosses all borders.)ことが可能になっているかもしれない


Japanese and English to enter, because it became the page which it blends, it tried indicating BOOKMARKLET of Google translation. Perhaps it has become possible to exceed the wall of the language(acculatory,The need for information crosses all borders.) which Google aimed,

Druckerのネクストソサエティの

人はコミュニティを必要とする。
建設的な目的をもつコミュニティが存在しないとき、
破滅的で残酷なコミュニティが生まれる。
ヴィクトリア朝のイングランドがそうでだった。
今日のアメリカ、そして世界中の大都市がそうである。
そこでは無法が幅をきかす。


とういう一説に触れ、学習コミュニティをつくってみたいと考えるようになりました

リクルートでは新橋の駅で乗り降りしていたのですが、近所にどのような
会社があって、どんな人が働いているのかまったく無関心でした。
銀座のクラブや高級ブランド店、少し足を伸ばせば築地や歌舞伎座など
さまざまな社会資本があるにも関わらず何の接点もないままでした

Druckerは日本は例外だったとも述べています
つまり、企業が都市コミュニティの役割を果たしてきたがゆえに安全神話を生んだ
92年以降、企業の安定性が失われるとともに社会が不安定になることで結果的に証明されました

企業がグローバル経済の中で共同体に戻ることは、鎖国への逆戻りを意味するだけに、
日本も企業にかわる都市におけるコミュニティが必要になってきているといえるでしょう

> Do you have definitions for the core concepts you are discussing?
> - knowledge worker
> - continuous learning
> - explicitly identify the social problems you are want to address
> - your solutions and methodology for addressing them
> - how do our social systems fit industrial society and how are the needs
> different now?

I want to discuss about how make learing community world wide

Social change is reason,
I want to make a school for fitting knowledge society.
Most important theme is practice and review.
Practice and review makes knowledge, if we have hypothesis and verification.

Feedback is important facter of breaking prejudice, belief, bias...
Community helps recieving feedback and learning diverse point of view.
We do not need authority.
We can learn each other, if we communicate candidly and face the fact.

So I want to make learing community world wide.

I am associate of world wide community of continuous learning.

We produce a teacher as a change agent or innovator of solving a social problems, especially caused by social change from industrial socirty to knowledge society. They use information technology perfectly and trip around all over the world. They are called "netnomad" or "kakehashi", it means bridge and method of knowledge creating.

Why do they need? Because, knowledge society make a freedom of choice, but the same time it make a gap of winner and loser.It is different fom the gap of industrial society. Further more we do not know how infruence them.

How can we do? I think one of the answer is education. It is not necessarily a class room. It may more effective learning each other on the job. Practicing a project and writing document on website what I see, how I think, why I do.

It helps self learing by reviewing and advise on website. It may be live case of how makes knowlede and use information.

Druckerは「ネクストソサエティ」において非常に刺激的なアイディアを提示してくれている

私のこれからの貢献は

急激な社会変化によって起きる社会問題を解決する(ために=目的)
継続学習の手段を開発し、継続学習の機会を提供し、手段を改善し続けること(によって=手段)
知識労働者を輩出する(こと=目標)

と考えているわけですが、Druckerも指摘するように、学習の機会は何も教室に限る必要はない。むしろ、日々の実践から学びを抽出できた方がよほど実践的だ

学習において、おそらく最も難しいのは、何が学習なのかを定義することだ。形式知として抽象化されるほど現実から乖離して使い物にならない。現実に近すぎれば、応用が利かない

よって、最高の学習は経験者が、これから困難に踏み込もうとする人の相談相手になることではないかと思う。当事者の状況を把握する過程で情報収集と分析がなされる。それは、ライブなアートだ。現実があるからこそ知恵が呼び寄せられる。このやり取りこそが最高のテキストになりうる。チャットやメールのやり取りで、プロセスを共有していれば、意味を汲み取ることができる

そんな学習環境をデザインできると良いんだけどな

Hi Michelle

> How is the foundation work coming along? Also, what are your thoughts on
> the questions I sent you regarding your visit to San Jose?

I want to construct comunity of continuous learning for knowledge
worker, especially work for social problems.

I think they need opotunities for recognizeing their own common sense
and break their shell, then restructuring new perspectives and way of
thinking.

Because they work only one company and one culture, they do not know
multiple values. However society is change fast , so we have to know
how work on knowledge society.

Our social systems fit for industrial society, we do not learn about
knowledge society in school, so we need comunity of continuous
learning.

My plan is learing consulting method and solving social problem
prcticing that method all over the world. Firstly I want to make base
in Sillicon Valley.

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