2008年8月アーカイブ

以前に、宮脇さんの「鎮守の森」の本に触れたが、Youtubeに映像があった
2007年9月17日 明治神宮会館にて「鎮守の森」が地球を救うというテーマでなされている



 
宮脇さんの鎮守の森を読んだ

私として心に残ったことは2つある
一つは
新しい時代は、企業によってつくられる
石橋を叩いて渡る式の従来の行政システムはいつも後追いである


もう一つは
「最高条件」と「最適条件」
という話。つまり、持てる力を発揮するためには、競争、共生、我慢が必要ということ

多くの成功者が、成功ゆえになんでも手に入るようになることによって、我慢を忘れ滅びてゆく
それは、自然の摂理なのだ

宮脇さんの「鎮守の森」のコンセプトにいち早く反応したのは、新日鉄ホンダイオンといった企業であって、行政ではなかった。行政を動かすのは大変だけれど、企業であれば、心ある人が数名いれば実現することができる。企業が実績をあげて、国が後押しをするというのが良さそうだ


「最高条件」と「最適条件」
植物が長く行き続けられる生態学的な条件とは、生理的な欲求がすべて満たされない、少し厳しい、少し我慢を強要される状態

これが一番健全な状態で、最適条件といいます

それに対し、生理的な欲求をすべて満たしてしまう最高条件の状態では、生命は長持ちしない


満ち足りることが、滅びにつながるというのは、自然の巧妙なメカニズムだ。持続を願うのであれば、意図的に何かをあきらめて、足りない状況をつくる必要がある  ということだ


ところで、「鎮守の森」というのは、神社の周りの森を指しているわけではない。その土地本来の植生を指している。その土地にあった種であれば、特別に手をかけなくてもたくましく育つのだ。それを日本人は

尾根筋や急斜面、水源地、あるいは岩場や海沿いに突き出した岬、内湾などの深い森に寺や神社をつくり、また祠や地蔵さんを建てて、宗教的な祟り意識によってこのような土地本来の森を残し、木を守ってきた

生物的な多様性を維持するために、我々の祖先が知ってか知らずか何百年来、村や町づくりに必ず残し、守り、つくってきたふるさとの木



多様性というのは、単に種類が多ければ良いのではなく、その土地にあったものである必要がある。外来種をきれいだから役に立つからという理由で、植えてもずっと手をかけなければ、すぐに死に絶えてしまうのだ


宮脇先生は、短期的な効率や経済的なメリットを追うことによって、結局、長期的な利益を見失ってしまっている状況を憂いてこうも書かれている


目に見えるもの、金で換算できるもの、数字や図表で表現できるもの以外はすべて切り捨ててきた一見進歩的な対応が、自然と共生してきた鎮守の森を破壊するだけでなく、心の荒廃の原点となっているのではないか

我々は、見えるものだけを見て進歩していると思ってきた生き方から、もう一度見えないものを見る努力をすべきなのではないか

そして、未知の要因に対してのある種の畏敬、敬虔をもって、トータルシステムとしての自然現象、環境問題、命と心の問題、社会現象、教育、文化、芸術、政治、子育て、すべてを見直して、21世紀、22世紀を確実に生き延びていくべきではないか


まさしく、その通りだと思う

宮脇さんの講演会が9月10日の18時半から
台東区立生涯学習センター・ミレニアムホールであるらしい
講演会「下町にいのちの森を」




毎日新聞のマイマイクラブ掲載の宮脇式の植樹法

NPO学校の森も宮脇先生の考え方を採用していたな

~森好き*旅好き*ランダムノート~の学校の森

エスペックミック社の事例
愛知県長久手町 南部地区新設小学校 学校の森植樹祭

私も植樹祭に参加してみたいと思う

お盆で田舎に行った

南信地域は日本有数の過疎地域だそうで
林業はかつての重要な産業だっただけに、山はスギばかりです

ブナやナラのようなどんぐりのなる木は、熊をはじめとした動物の食糧です
そういう森に再生できたら良いのになぁ


森林総合研究所というものもあるんですね
世の中知らないことばかりです

白神山地はブナの原生林ですね

クヌギといってもどんな木か見ても区別はつかないので、本を買い込んで研究してみます

森の力―日本列島は森林博物館だ!
雑木林に出かけよう―ドングリのなる木のツリーウオッチング
鎮守の森



今回は映像を見て、感じたことを意見交換するという試みをしました

他者と比較や周囲と比較でなく、自分声に従う生き方
降りてゆく生き方

戦争体験者生き方から、生きること意味を学ぶ
聴き書き

夢を語りあい、切磋琢磨する本気チームをつくる
てっぺん

とはいえ、参加者は思いの強い方たちだったので、それぞれ自分の話したいことを話している感じでしたね。特に、降りてゆく生き方はちょうど会津でのオーディションが終わったばかりのプロデューサーの森田さんがいたので、興味はそちらに引き寄せられてゆきましたね

ファシリテーターの役割の話などでも盛り上がっていましたね

一つ面白い組み合わせは、大企業を勤め上げた60代と新入社員20代、中小企業の経営者40代で、まさしく、多様性という話がされていました

社会や会社、自分も成長を当然のことと考えてきた高度成長期の世代と物質的豊かさよりも精神的豊かさを求める若者というのは、今日の社会を反映しているようでした

てっぺんのようなチームのあり方にも、若手が共感し、ベテラン層は反発するというのも世代間での感覚の違いでしょうか

香取さんから昨日も似たようなワールドカフェを体験したという話があり
内田さんから、シンクロニシティが起きて社会が変わろうとしているのではないかという示唆もあり
将来にそこはかとなく期待を抱かせるような場になりました

参加者の声
石井さんのblog
8月30日の日経新聞の書籍の広告欄に、村中さんの先読みの広告出ていました。その隣に、これまた8年来のコーチ仲間である吉田典生さんの「会社をぶっ壊して、チームを創ろう!」と並んで・・・いるのを見て、ふとこの2つを組み合わせたらどうだろうとひらめきました

私のリクルートへの入社動機がボート部の時に味わった一体感から、「全員がリーダーの創造的な組織がつくりたい」でしたので、本の内容には共感しております

参考図書が今まで読書会で取り上げてきた

出現する未来
シンクロニシティ
ダイアローグ

だっただけに、非常に近しい何かを見ているのだろうと推察できます

経営者や組織を対象に仕事をしてゆくと自然と一致してくる人間観・組織観・時代観なのでしょうか

つまり、エグゼクティブ・コーチの役割とは渋沢栄一が危惧した金に人間が使われる資本主義ではなく、人間の可能性を広げ、自分らしさを表現する場として組織を活用する支援だということです

象徴的に「会社」と「チーム」を対比させていますが、「会社」というのは官僚組織に代表されるようなトップダウンの組織で、「チーム」というのはフラットな有機的な組織のことです

そういう意味では、特に新しいわけではないのですが、あえてチームというところに意図が伺えます

吉田さんはチームを
共通の価値観と目標を携え、心を一つにして全力を出し合い、協力しながら進む集団
「最高の力」は自発性から生まれてくるから、単に与えられた役割で連携するのではなく、役割を担う意味を一人ひとりが深く心に落としこんでいる集団

とされています
そのための手段として
知り合う、認め合う、共有する

そのために「対話の改善活動」を紹介されています

似たようなことを考えているなぁ、対話をしてみたいなぁと「読書会しませんか」と吉田さんに相談したら、快諾いただきました。

日程が決まり次第、また、広報します




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