地域活性の最近のブログ記事

映画「降りてゆく生き方」の東京応援団結成式

武田さんがまた良い話をしてくれた

終了後に懇親会があって、マイクがまわってきた
この映画の準主役の森 太熊さんに触れて、「皆さんも映画に出ましょう」とスピーチ
新潟で森さんの活動を紹介する特番の映像を見ていただければと思いますが、「自分の内なる声」に従って一歩踏み出すことで武田鉄矢さんや渡辺裕之さん、苅谷俊介さんと同じ土俵に立ってしまうことだってあるのだ

あの人は特別と言い訳することは簡単 

でも、それでは、自分が望む結果を引き寄せることはできない


一歩踏み出してみたら?
たまたま昨晩「ガイアの夜明け」を見まして、田辺市熊野ツーリズムビューローのブラッド・トウルさんの活動を拝見しました


ブラッドさんが「日本のこころ」として思い入れしていたのが、谷間の棚田風景でした
これは「降りてゆく生き方」にも通じる話だなぁと思って見ました


ある意味、外国人の視点の方が日本の良さを客観的に見られるのですね

日本の古から伝わる文化こそが、自然と共生する生き方として世界に発信すべきことなのかもしれません。砂漠の自然環境の厳しいところで、自然を克服する対象として見てきた文化と自然の豊かな稔りに育まれてきた文化とでは、自ずから自然との付き合い方は違っていることでしょう


さて、このブラッドさんの主な仕事は、外国人に優しい街作り

外人にとって温泉はSPAではなくて、ONSEN


実際に旅館を回りながら、言葉の問題や 文化の違いについて説明していく。

「外国人は日本の"和"が好きなので、それぞれの旅館の雰囲気や特徴をなるべく壊さないようにしたい。館内に英語表記の ものを貼る時も、さりげない気の遣い方が大切だ。」とアドバイス

アドバイスを即実践した龍神温泉の老舗旅館「上御殿」のご主人と女将さんは、イギリス人とアメリカ人の家族を迎えて、「GAIJINにやさしい宿」というお墨付きをもらう


自分たちらしさを客観的に教えてもらう
どうして欲しいのかを聞きつつ
価値を表現してゆくこのような活動が、日本の再生の道なのかもしれない

都市には都市の 田舎には田舎の魅力の発揮の仕方がある

独りよがりではなく、相手に耳を傾け、対話をしながら進めてゆけると良いですねぇ



5月11日には、映画「降りてゆく生き方」の企画ミーティングがあります

日時 : 5月11日(日)16:00-18:30

場所 : 表参道・新潟館 ネスパス 3階 展示会スペース
      渋谷区神宮前4-11-7 TEL:03-5771-7711

取材映像をぜひ、見ていただきたいです


ここ数日、女子高校生が被害者になった事件が連続しておきました


この映画のエグゼクティブプロデユーサーの清水義春さんは
孤独感と無力感が重なった時に、心と体にダメージを受けると訴えています


犯罪のない社会をつくってゆくためにも、人と人のつながりは必要不可欠ですが、今は、都市化や核家族化、とも働き、経済合理主義などが孤立化、一人ひとりの無力感を促進しているように思います


降りていく生き方」という「ベテルの家」を紹介した本があります

「べてるの家」というのは精神障害者の自立支援施設です
隠すのではなく、自を背けるのでもなく
理解して活かそうとまでしています

精神障害は、他人事ではなく、職場で鬱になる人は増えています。そもそも、人は誰もが神経症や統合失調症の要素を持っていて、強いストレスにさらされたときに発症する可能性があるのですか・・・

本の中では

私たちは近代化や合理化を 通じて、人間として本来もっている基本的に大切なもののうえに、学歴とか経済力とか便利さとかを、オブションのようにプラスアルファの価値として身につけてきたわけです。

回復するということは、人間が人間であるために、そういう背負わされた余計なものをひとつずつとり去って、本来の自分をとり戻していく作業なんです。何をしたらよいか、何をしてあげなければならないかではなく、何をしないほうがよいか、何をやめるか、つまり足し算ではなく引き算が「べてるの家」のキーワードです。それが降りていくということでもあり、そうすることによって、人間が本来もっている力を発揮できるようになっていく、という考え方な んです


と考え方を示しています。5月3日のファームエイドで、主演の武田さんは映画についてこのように語りました

今までトップを目ざして生きてきた
成功目ざして、努力して登ってゆくことが正しいと思ってきた

金八先生は、富士山だってテッペンは寂しいところだよと語たんだよね
楽しいところは裾野だって

登ったら、降りて来なければ、遭難になっちゃうよねと


本を読むと精神障害は、家族との葛藤から始まっているということがよくわかります。家族が最大の理解者、支援者というのは幻想です。 家族はむしろ、そうでなければならないという規範に苦し
み、逃げ場を失なっている


おそらく、そのことを認め、受け入れて、家族を再構築してゆくことがより良い社会、犯罪のない社会を構築してゆくために必要なことだということをこの映画を通じて語りあってゆければと思います

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