降りていく生き方

ご縁ができた映画で町おこしをしようという日本プロデュースの映画のタイトルが「降りていく生き方」になったという連絡があった

もともとは、堺屋さんのエクスペリエンツ7だったのが、2年のリサーチを経て団塊世代だけではなくて、日本全体が「引きこもっているんじゃないか?」という問題意識に変わってきたようだ

確認はしていないけれど、経緯から想像するに「べてるの家」に啓発された内容になるのだろう

降りてゆく生き方とは何か? べてるの家を紹介した「降りていく生き方」から少し長いが引用すると

私たちは近代化や合理化を通じて、人間として本来もっている基本的に大切なもののうえに、学歴とか経済力とか便利さとかを、オブションのようにプラスアルファの価値として身につけてきたわけです。回復するということは、人間が人間であるために、そういう背負わされた余計なものをひとつずつとり去って、本来の自分をとり戻していく作業なんです。何をしたらよいか、何をしてあげなければならないかではなく、何をしないほうがよいか、何をやめるか、つまり足し算ではなく引き算がべてるの家のキーワードです。それが降りていくということでもあり、そうすることによって、人間が本来もっている力を発揮できるようになっていく、という考え方なんです」67p

人間は、若いころは何もないので、ひたすら足りないものを増やすことに熱心になる。そして、あふれかえったもので身動きができなくなってしまう。だから、人生はある時点から捨てることが重要になってくる。何が必要で、何は不要なのかを問い身軽になってゆく必要がある。それができないと固まった人になってしまう。齢をとっても柔軟な人であるためには、自分にとってもっとも重要なことは何かを定めること、そして捨てることである

お茶を習ってみて、わかったことだけれども、もっとも無駄を省いた姿が道というものなのだろう。日本という国も今まで溜め込んできた。それを捨てる時が来たのだと思う。国としての柔軟性を保つために、どんな国であるのかを明確にし、余分なものを捨てて「さしさ」が際立つように、磨き上げる

そのために、必要なことは対話であろう

河崎君は、爆発救援隊長として爆発のメカニズムを説明し続ける中で、統合失調症の人たちがもっている認知の障害やメカニズムを自分のものにしていく。それだけでなく、自分自身にも自信と誇りをもつようになり、責任感が出てきた 114p 

バブルの崩壊以降、社会から大人が減少してゆく。新入社員が入って来なくなって、いつまでも最年少で後輩の面倒をみる機会がなかった。そうすると、できないことができるようになってくるプロセスをサポートするという絶好の学習する機会、大人としての責任を自覚する機会が失われた。
同様に、弟や妹の面倒をみる機会がない。部活で後輩の面倒をみる機会がない。そうして、いつまでも責任ある人になれないことが現代社会の問題の根底にある
コーチングというのは、結局、面倒を見るということを仕事として切り出したということなのだ。

統合失調症はそういう認知障害から起きる病気で、決して個人的な性格だとか、欠陥だとか、だらし
なさとかでおきる病気ではないんです。つまり病状やメカニズムを知り、その認知障害に対して、自分がどう対処するかという力を獲得するのが大切なんです 115p

統合失調症を仕事の失敗と置き換えると職場の場面と重なる。失敗を仕組みの問題を発見し、改善の機会ととらえるのではなく、失敗をした本人に原因を帰属させるのは認知障害なんですよね。上司が失敗を責め、本人も自分自身を責めるから仕事や人間関係がうまくいかなくなり、「ウツ」になる人も出てくる

べテルの話は決して精神障害の人だけの問題ではない。どんなに技術が進化しようとも人間がまったくの無力の状態からスタートする以上避けては通ることができない根源的な問題です。失敗、挫折を繰り返し少しずつ成長する。そのためには、安心していられる人間関係、基盤が必要です。重大な障害を抱える人は、家庭が崩壊している人が少なくありません

人が学習して成長してゆくために、家庭だけではなく、さまざまな「安全な場」を社会に創り出してゆくことが必
要であるということを再確認します

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このページは、 鈴木利和が2008年2月18日 09:42に書いたブログ記事です。

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