パーソナル・カミオカンデ
2月16日から週に5冊の本を読んでblogに書くという藤沢ゼミが始まった
私以外の参加者の大半は大学生で、自分の進んでゆく道を模索している人たちでした
道といえば、梅田望夫さんの「生きるために水を飲むような読書」という一節が思い出され、ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか を再度、読み返した
私たち一人ひとりを取り巻く無限ともいうべき情報から、自らの志向性と波長の合う信号をキャッチするためには、心の中に「パーソナル・カミオカンデ」を用意し、微弱な信号でも捕まえてやろうと待ち構えていなければならない。私の場合はそれが、若いときからの読書の唯一の意味だったと思う 140p
「好き」(私のテーマでいえば、情熱を注ぐ対象)を発見するまでの幅広く、感度高くアンテナを張ることれが微かにでも見えてきた際には、時間の優先順位を変えること
その優先順位を変えることというのは、ここでもやはり「やならいことを決める」ということが出てきています
また、先が長い時には3番目の現実的であることは「勤勉」を支える上で重要ですね
長期の「なりたい自分」が仮にイメージできたとしても明日にそれは実現しない。短期的には「なれる自分」を積み重ねながら「時間の使い方の優先順位」を常に意識し、ロールモデルの引き出しも増やしつつ、こつこつと長期にわたってしたたかに生きること 144p
現実的であることを「あきらめ」と混同しないためにも、周囲にどんな人がいる環境も重要だと思います。自分ひとりで勤勉でいられる人は多くないでしょうから
そういう意味で、藤沢ゼミは自分以外の人の張ったアンテナも自分のパーソナル・カミオカンデとして使って、勤勉さを持続させる仕組みづくりの挑戦ですね
また、先が長い時には3番目の現実的であることは「勤勉」を支える上で重要ですね
長期の「なりたい自分」が仮にイメージできたとしても明日にそれは実現しない。短期的には「なれる自分」を積み重ねながら「時間の使い方の優先順位」を常に意識し、ロールモデルの引き出しも増やしつつ、こつこつと長期にわたってしたたかに生きること 144p
現実的であることを「あきらめ」と混同しないためにも、周囲にどんな人がいる環境も重要だと思います。自分ひとりで勤勉でいられる人は多くないでしょうから
そういう意味で、藤沢ゼミは自分以外の人の張ったアンテナも自分のパーソナル・カミオカンデとして使って、勤勉さを持続させる仕組みづくりの挑戦ですね
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